無痛分娩と硬膜外麻酔、何が違う?麻酔科医が伝えたい「納得のお産」への整え方

このコラムを一言で説明
無痛分娩と硬膜外麻酔、何が違う?後悔しないための「期待値」の整え方

「無痛分娩」という言葉が、実は誤解を招いていることを知っていますか?医学的に言えば、硬膜外麻酔は「方法」であり、無痛分娩は「結果」を指します。名前に含まれる「痛みゼロ」という期待値に縛られると、少しの違和感でも不安に繋がってしまいます。この記事では、専門医が「痛み=身体的感覚+不安」という方程式をもとに、麻酔の限界や副作用、そして安心してお産を迎えるための正しい期待値の持ち方を解説します。

無痛分娩と硬膜外麻酔、何が違う?

「無痛分娩にすれば、本当に一ミリも痛くないの?」

そんな疑問を抱く方は多いはず。しかし、実は「無痛分娩」という名前そのものが、ママたちに「痛みゼロ」という過度な期待を抱かせてしまっている側面があります。

医療に「絶対」はありません。しかし、正しい知識を持つことで、その不安は「安心」へと変えることができます。今回は、アメリカと日本の現場を知る麻酔科医の視点から、無痛分娩という名前の裏にある実態と、納得のいくお産を迎えるための「心の準備」についてお話しします。

「硬膜外麻酔」は方法、「無痛分娩」は結果

無痛分娩??硬膜外麻酔??本当はどれがいいのか?

最近、話題になっている無痛分娩をどう呼ぶべきか。
これについて少し考えることで、無痛分娩に対する期待値をより現実的なものにリセットするお手伝いができれば、と思っています。

<方法と結果>
最初に結論から言えば、これは方法と結果で呼び名が分かれています。
『硬膜外麻酔は方法』、『無痛分娩は結果』を指します。
硬膜外麻酔という方法を用いて、痛みをコントロールしていく。概ね、日本では『結果』、アメリカでは『方法』で呼ばれることが多いですね。

名前に隠された「期待値」という落とし穴

呼び名が引き起こしている問題は何でしょうか。
それは『結果』で呼ぶ場合、ある種の期待値が入ってしまう。
ここでは『無痛分娩』という名前に含まれる、『痛みゼロ』という期待値ですね。

<なぜ無痛分娩が誤解を受けていたか>

無痛分娩が誤解されていた理由の一つはここにあります。
「結果」を保証したように聞こえてしまうため、少しでも痛いとなれば、「話が違うじゃないか」となってしまう。
確かに、『痛みゼロ』というパッケージを信じたママからしたら、そう思うのも無理はありません。

例えば、手術を受ける時、全身麻酔は当たり前で、誰もそこに疑念は持ちませんよね。
これは『方法』で呼ばれているので、そこに対する『結果』への期待値が自然修正されていきます。
「あぁ、こんな感じなんだ」という知人からの情報・経験が世の中に蓄積されていくので、名前と実態(実際の体験)にほぼ差がなくなっていくんです。
一方、無痛分娩の実態を知る人は、日本ではまだそれほど多くありません。
最先端の知識に明るいママと医療施設のサポートがあって成り立つと言ったイメージかもしれません。そのため、全身麻酔はこうだったよと教えてくれる人はいても、無痛分娩/硬膜外麻酔の体験をシェアしてくれる人がいないため、メディア・SNSでの情報に頼らざるを得ないのが現状です。
あと10年もすれば、無痛分娩を体験されたママが増えることにより、間違ったイメージや期待値が、社会の常識によって修正されていくはずです。

専門医が伝えたい「期待値を正しく修正する」3つの視点

無痛分娩、痛みの感じ方は人それぞれ

<無痛分娩の期待値の正しい修正方法>

ママにとっても、医療者にとっても、間違った期待値のまま、無痛分娩を受けることは避けたいものです。では、どうすれば良いのでしょうか。

1. 医療は完璧ではないという「健康的な付き合い方」

医療は人間が作ったものであり、100%安全という幻想を捨てること。
かぜ薬のような身近なものにも必ず副作用があるように、麻酔にもやはり副作用はあります。
残念ながら医療は魔法ではありません。人類のトライ&エラーと犠牲の上に成り立つ、知の結晶です。
もちろん、初めて無痛分娩をした人と今の技術ではやり方、デバイス、薬の全てが進化しているため、はるかに安全で副作用も少なくなりました。この「決して完璧にはならないけれど、日々進化させていく過程」こそが医療なんです。これを知っていると医療と「健康的」に付き合えるようになります。

2. 痛みは「主観」で決まるもの

少し想像してみてください。
これまでの人生の最大の痛みが、「足の小指をぶつけた痛み」という人もいれば、「自然分娩を一度経験している」という人もいます。

このように人生の最大の痛みは人によって違うため、我慢できる痛みにも差がありますよね。
ゆえに、無痛分娩を開始してから、ママさんが『ちょうどいいなぁ』となるラインを探していくんです。
僕の場合、「生理痛の少し重いくらいで、きちんと眠れるけれど、しっかりいきめる」。このあたりをゴールにしましょうと説明しておくと、痛みが少しあっても、「無痛分娩がしっかり効いているな」という共通の認識を持てます。

正直なところ、無痛分娩は切られるような鋭い痛みにはよく効きますが、重くのしかかるような圧迫感には効きにくい性質があります。
お産が進むにつれて、鋭い痛み⇨圧迫感のへと移行していくので、これもしっかり伝えておく。
そして、『この圧迫感でいきむタイミングを掴むことができる、いわば赤ちゃんとの共通言語なんですよ』とお話ししています。これを知ることで、ママは最後まで安心して、無痛分娩を堪能してくれることがほとんどです。

3. 不安を最小化すれば、副作用も減らせる

『主観的な痛みの総和=痛み+不安』
この式を僕は研修医時代に習い、今でもずっと大切にしています。
つまり、不安を最小化することで必要な麻酔薬の量も最小化でき、副作用も減らせる。
まさに『Less is more(少ないほうが豊か)』です。
不安・麻酔量を減らすことで、ママの安全と幸福度を増やすことができるんです。

では、どうやって不安を減らすのか。

『不安とは対象なき恐怖である』と考えると、その対象をはっきりさせてしまえばいいんです。
ここで言う恐怖とは、「どんな副作用があるのか」「どんな未来が待っているのか」ということですね。
同意書をいただく段階で、副作用(吐き気、震え、頭痛、血圧低下など)について正直にお伝えします。

珍しいけど怖いもの(感染症、出血、神経障害)などもあることを正直に伝えます。
伝え方にはしっかりと工夫をします。
例えば、血圧低下であれば、『無痛分娩が始まったら、血圧が下がることがありますから、数分おきに血圧を計り、しっかり予防して行きますね。吐き気がそのサインになることもあるので、気づいた時は遠慮せずに教えてくださいね。この血圧低下は一時的なことがほとんどで、薬ですぐに対応できるので安心してくださいね』といった感じです。
このように恐怖の対象さえ見えれば、予防・対処法も提示することができ、ママさんの不安解消に役に立つのです。

おわりに:出産は、あなたと赤ちゃんの「共通言語」を見つける旅

無痛分娩は、ただ痛みを消し去るためのスイッチではありません。それは、痛みというノイズを減らし、赤ちゃんと呼吸を合わせて進んでいくための「対話の道具」です。

魔法のような「完全無痛」を追い求めるのではなく、あなたにとって心地よいラインを私たちと一緒に探していきましょう。その納得感こそが、どんなお薬よりもあなたを強く、自由にしてくれるはずです。

今回の記事では、名前がもたらす期待値と、それを健康的な方向へと修正していく方法についてお話ししました。これから無痛分娩を検討される方にとって、少しでもお役に立てれば嬉しいです。

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Column

プロフィール

Profile

永井 遼太郎NAGAI RYOTARO

M.D. 麻酔科医

経歴

  • 獨協医科大学 卒業
  • アメリカ医師国家試験(USMLE)合格
  • 帝京大学麻酔科 入局
  • Maimonides Medical Centerにて
    アメリカ式の麻酔科研修を4年間受ける

資格

  • アメリカ麻酔科専門医

獨協医科大学を卒業し、故郷の千葉で初期研修を受ける。

ニューヨーク州ブルックリンにある、Maimonides Medical Centerにてアメリカ式の麻酔科研修を4年間行う。

その際、人生で初めて無痛分娩に触れ、快適に分娩が出来るという素晴らしさを知る。

当時2016年、日本とアメリカでは、無痛分娩率に10倍以上の差があるという事実を知り、衝撃を受け、今の自分に出来ることはないかと思い、2021年より、インスタグラムにて無痛分娩に関する投稿、オンライン講演を開始。

2024年からはさらに活動を本格的にするため、Youtubeチャネル『無痛分娩ビレッジ』をスタート。

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